Ave verum corpus natus
めでたし、真の御身体、
ex Maria Virgine.
おとめマリアより生まれしものよ。
Vere passum immolatum
その身はまことに苦しみを受け
in cruce pro homine:
人々のために十字架にあげられ給えり。

cujus latus perforatum
その脇腹を貫かれ、
vero fluxit sanguine.
まことに血を流し給いき。
Esto nobis praegustatum
我らにその身を味わわせ給え、
mortis in examine.
死の試練に先立ちて。

O clemens,
なんという寛容、
O pie,
なんという慈悲、
O dulcis Jesu Fili Mariae.
なんと甘美なマリアの御子イエスよ。

text: 1300年頃の作者不詳の賛歌
tune: Edward Elgar (1902 - 1986)

しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。 
それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。
その者は、あなたがたにも信じさせるために、自分が真実を語っていることを知っている。 
(ヨハネによる福音書19:34-35)

カトリックにおいて重要な意味を持つ聖歌。多くの作曲家がこの歌詞を持つモテットを手掛けた。ウィリアム・バード、モーツァルト、ガブリエル・フォーレなどによるものが知られる。パンとワインをイエスの血肉に見立てて味わう聖餐式に関連するが、いくつかのバージョンがあり、テキストによって意味がばらつく難解な歌詞。「fluxit sanguine(血を流し給いき)」が「fluxit aqua et sanguine(血と水を流し給いき)」になっていることもある。

十字架につけられたイエスが最後に叫ぶ「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」(わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)(マルコによる福音書15:34)という言葉は、旧約聖書詩編の第22章に基づく。引用の意図は神への嘆願や非難ではなく、その詩にあらわれる「わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い/唇を突き出し、頭を振る(22:08)」「わたしの着物を分け/衣を取ろうとしてくじを引く(22:19)」という預言が実現されたことを示している。

ベラスケス(1599 - 1660)
「十字架上のキリスト」

収録アルバム: Elgar: Sacred Choral Music