Drop, drop, slow tears,
And bathe those beauteous feet,
Which brought from Heav'n the news
And Prince of Peace.
ぽたり、ぽたりと滴る涙、
そのうるわしい御足(みあし)を濡らす。*1
それは天から知らせを携えてきた、
平和の君の御足。*2

Cease not, wet tears,
His mercies to entreat;
To cry for vengeance: Sin
doth never cease.
絶やすことなかれ、濡らす涙を、
主の憐れみを嘆願するために。
裁きを求めて泣き叫ぶために、罪が
絶えることはないがゆえに。

In your deep floods
Drown all my faults and fears;
Nor let His eye see Sin,
but through my tears.
あなたの深い大水のうちに、
わが過ちと怖れは皆溺れ死ぬ。
主の御目がわが罪をありのまま見給わず、
わが涙に透かして見給わんことを。

*1 「いかに美しいことか/ 山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え/ 救いを告げ/ あなたの神は王となられた、と/ シオンに向かって呼ばわる。」(イザヤ書52:7)にもとづく。
*2 「平和の君」もイザヤ書9:5にもとづく、キリストの別称のひとつ。

For Unto Us A Child Is Born《幼子我らに生まれ》HWV 56 : ロビンソン商会 歌詞対訳works
For unto us a child is born, unto us a son is given: and the government shall be upon his shoulder: and his name shall be called Wonderful, Counsellor, The mighty God, The everlasting Father, The Prince of Peace.我らにひとりの幼子が生まれた、我らにひとり
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text: Phineas Fletcher (1582-1650)
tune: Orlando Gibbons (1583-1625)

来るべき聖週間(イエスがとらえられ処刑され、復活に至るまでの一週間を記念する)にそなえ、罪を悔い改め精進する期間である大斎節(カトリックでは四旬節)に用いられる聖歌。ルカ書に登場するイエスの足を涙で濡らして洗った女のエピソードにもとづく歌詞となっている。

この町に一人の罪深い女がいた。
イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。
(ルカによる福音書7:37-38)

イエスに香油を注ぐ女のエピソードは全福音書に共通するが、他のエピソードでは女は高価な香油の無駄遣いをとがめられているのに対し、「罪深い女」であることが問われているのは『ルカによる福音書』のみである。罪深い女は伝統的にマグダラのマリアと同一視される。

Victimae Paschali Laudes《過越の犠牲をほめたたえよ(われらのすぎこし)》 : ロビンソン商会 歌詞対訳works
Victimae paschali laudes過越(すぎこし)の犠牲(いけにえ)をほめたたえよ、*1immolent Christianiほふられたキリストを。Agnus redemit oves:子羊が羊を贖われた。*2Christus innocens Patriキリスト、無原罪の父はreconciliavit peccatores.罪人を悔い改めさせてくださ
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「キリストの足に塗油する罪深い女」

収録アルバム:After Silence
Drop, Drop, Slow Tears
VOCES8 Records
2020-07-24


おまけ:新古今聖歌集第68番および日本聖公会聖歌集135番には、「へいわの主のみあしに…」で始まる日本語訳詞がある。


平和の
主の御足に
そそがばや
わが涙

わが主の
憐み乞わん
責むるもの
猛るなり

わが主よ
慈しみて
わが涙
覚えませ

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